父と子の罪のために

5/12:昇天後主日宣教「父と子の罪のために」     

列王記上 15:33~16:14  眞柄光久 牧師

 応答讃美歌:252番「喜べ 主を」

・兄弟がいて、兄が優秀な場合、弟はいつも兄と比べられて、「お兄ちゃんはあんなにできるのに、どうしてお前は」と、言われたと優秀な兄を持った友人がこぼしていたことを思い起こします。

・列王記を読んでいると、北イスラエルと南ユダとの関係は、神によって、どちらが優秀かを競わされている兄弟のようなだなと思わされます。

・残念ながら、たまに、「おっと」思わされる王が出ますが、結局のところ、どちらもだめになっていきます。

・せっかく、主である神によって王にさせられたのだから、神の言われる通りのことをすればいいのにと思うのは、100%王になることの可能性のない者の思うことかもしれません。

・しかし、本当に100%王になることはできないのでしょうか。いやいや、道はあるのです。イエス・キリストに倣うことです。絶大な権力をもつ古代の王には、神の選びがなければ、100%なれませんが、主であるイエスは「あなたがたは、私の国でわたしの食事の席に着いて飲み食いを共にし、王座に座って(ルカ22:30)」と、言われたように、私たちも王となることができると言われているのです。その王になるためには、軍事力も、財力も、権力もいりません。いるのは、ただただ、イエスをキリストと信じる信仰だけです。                            

眞柄 光久 牧師

5/19:聖霊降臨祭宣教「主こそ神である」     

列王記上 18:30~46  眞柄光久 牧師