主を恐れることは知識の初め

10/1:三位一体後第十七主日宣教「主を恐れることは知識の初め」

箴言1:1~19 眞柄 光久 牧師

応答讃美歌:124番「この世はみな」

・箴言は、人生の経験が少ない若者たちに、幸いな人生を送るにはどうしたらいいかを父が子に諭しを与えるように記されている書です。

・1節には「ソロモンの箴言」と、書かれてはいますが、すべてがソロモンの箴言というわけではなさそうです。

・22章17節には「賢人の言葉」との小見出しがついており、この賢人はどのような人かはわかりません。

・30章ではヤケの子アグルの言葉、31章ではレムエル王の言葉も含まれています。

・確かに、列王記上5章12節にはソロモンが3千の格言を語ったとありますが、箴言25章1節には、後のヒゼキヤ王の下にある人々が筆写したものとも記されているので、ある程度編纂されたものかもしれません。ユダのヒゼキヤ王の時代に編纂されたということであれば、紀元前715~686年頃のものと予測することができます。

・今から2千6、7百年前の父親が、自分の子の幸福と将来の心配をするのは、今の時代の父親とそう変わらないものだなと思わされます。

・しかし、ソロモンは、知恵のある者になるには、初めに「主を畏れ」なければならないと諭します。「無知な者は知恵をも諭しをも侮る」と続けられていて、知恵は神からでるもので、それを知らない人は無知で、諭しも侮る人であると警告もします。

・箴言は格言と違って、警告、戒めの言葉も含まれています。

・若い頃に箴言と出合っていたら、どんなにかすばらしい人生を歩むことができたのにと思っても、高齢になってから嘆いても後の祭りなのですね。

眞柄光久牧師

 

10/8:三位一体後第十八主日宣教「知恵を得て正しい道を進め」

箴言4:10~27 眞柄光久 牧師