希望をみつめよう

10.16: 宣教「希望をみつめよう」(創世記35:16~29) 

眞柄光久牧師

応答賛美 新生603「主よみもとに」概要から

・先週の宣教では、ヤコブが兄のエサウに受け入れられるために、知恵の限りを尽くし、多数の山羊、羊、らくだ、牛、ろばを献上することにしたというところで、話を終えました。

・そして、万が一、夜中にエサウが襲ってきても生き残れるように、家族や、家畜を二手に分け、夜になって、タボク川を渡らせます。ヤコブは、自分だけは、生き残れるようにと、川のこちら側に残ります。

・そうして、ヤコブがひとり寝ていると、ある男が現れ、ヤコブと格闘をはじめます。格闘は朝まで続き、その男は「夜が明けるから、去らせろ」と命令するのですが、ヤコブはやめません。

・そこで、その男は格闘に決着をつけるために、ヤコブの股関節を打ちます。それで、やっと、ヤコブは格闘をあきらめようとするのですが、その前に、男に祝福を求めます。

・その男はヤコブを祝福し、名前を今までのヤコブからイスラエルに変えるように言い残し立ち去ります。イスラエルとは「神と闘って勝った」という意味を持ちます。男は神だったのです。神を見る者は死ぬと言われていたが、ヤコブは死ぬこともなく、エサウの到着を待つのです。

・そこへ、400人の家来を連れたエサウが現れます。エサウにはヤコブへのわだかまりはもうなく、涙を流し、抱擁して、弟との再会を喜ぶのです。そして、エサウの住んでいるカナンの南のセイルに共に住むことを勧めるのです。

・しかし、カナンに向かうと言う神との約束のあるヤコブは、遠回しに、兄の勧めを断り、エサウはセイルに向かって帰り、ヤコブはカナンに向かって旅を続けるのです。

・ところが、彼らは、途中の町、シェケムにとどまるのです。町の栄華、繁栄に目を奪われたからでしょう。それが、長女ディナがシェケムという名の男に襲われると言う悲劇的な事件につながります。ディナを汚されたことに怒った次男のシメオンと3男のレビは計略を使い、シェケムを父親もろとも殺すのです。

・そこに居づらくなったヤコブ達は、イサクの町べテルに向かいます。

・べテルに着いたヤコブ達は、いつのまにか入り込んだすべての異邦人の神々を捨て、ヤーウエの神の祭壇を築き、神は、ヤコブにカナンがイスラエル一族のものになり、繁栄すると約束するのです。ここまでが今日までのところです。

眞柄光久牧師

10/23:主日礼拝「ユダより正しかったタマル」(創世記38:24~30)

眞柄光久牧師