罪を取り去るために

8/18 宣教「罪を取り去るために」(ヘブライ9:23-28)概要から

応答賛美 新生493「み子イエス世人のため」

先日の広島・長崎の原爆投下記念日式典で安倍首相は「核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努め・・・」と同じ言葉を繰り返しました。一見、「成るほど」と思われる表現ですが、どこに立って語っているのか不明です。「核廃絶」への道のりを鮮明にしてほしいものです。

ところで、私たち人間の罪を贖うために架けられた救いの橋渡しは100%「神の側」で為されたものです。「(キリストは)世の終わりにただ一度、ご自身をいけにえとして献げて罪(単数形)を取り去るために、現れてくださいました。」(ヘブライ9:26)とありますが、ここで個々の罪(複数形)ではなく、「罪そのもの」を取り去るための十字架であったと記しているのです。更に「また、人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっているように、キリストも、多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた後、二度目には、罪を負うためではなく、御自分を待望している人たちに、救いをもたらすために現れてくださる(未来形)のです。」(同9:27-28)と語り、再臨における救いの完成という「神の計画」を明らかにしているのです。ここに人間が関与する余地はないのです。 金子 敬

8/25 礼拝宣教 宣教「神が立てた契約の虹」 創世記9:8-17  金子 敬  牧師