私たちは神の子ども

1/4:降誕後第二主日宣教「私たちは神の子ども」 

ヨハネの手紙一2:28~3:12 眞柄光久 牧師

応答賛美71番「年の始めは」

・「さあ、子たちよ」と老齢になった使徒ヨハネは親のような愛情のこもった呼びかけで手紙の受取人たちに呼びかけます。

・この「子たちよ」と言ういいかたは、ギリシャ語では「小さな子供たち」と、なっていて、これは、しばしば年長者から年少の人に対して愛情を込めて用いられる言葉でした。

・ヨハネは「子」と言うことばを使うとき、幼い子供たち、若者、父と三つに分類しますが、この「さあ、子たちよ」との呼びかけの「子」には、すべての人が含まれています。

・御子イエス・キリストの内にとどまる者は皆、ヨハネにとっては「神の子どもなのです。」

・神の子どもは、御子が現れる時、確信を持つことができ、また、御前で恥じ入るようなことはないと書かれています。御前で恥じ入るような罪を犯さない生き方をしてきたからだと言うことです。

・神の子どもは、イエス・キリストが正しい方だと知っているので、自分たちが神から生まれたと言うことを知っているからだと言います。

・父なる神がどれほど愛してくださっているかを考えるだけで、自分たちが神の子どもと呼ばれるのにふさわしいとヨハネは言います。

・今、神の子である私たちは父なる神を知らされてはいますが、御子が現れる時には、御子をありのままに見ることができると言います。それまで、悪魔の誘惑に陥らないよう、清く、正しく、上を向いて歩んで行きましょう。

眞柄  光久  牧師

1/11:顕現後第一主日宣教「歓待と包容の共同体」 

ヨハネの手紙三1:1~15 眞柄光久 牧師