愛に借りのある者として

10/5:三位一体後第十六主日宣教「愛に借りのある者として」 

ローマの信徒への手紙13:8~14 眞柄光久 牧師

応答賛美86番「輝く日を仰ぐとき」

・今まで、パウロは国家と教会の関係を述べてきたのに、今日の個所では、突然隣人愛について述べ始めます。

・「互いに愛し合うことのほかは、だれに対しても借りがあってはなりません」と、今日の個所を始めています。

・新改訳2017版では「だれに対しても、何の借りもあってはいけません。ただし、互いに愛し合うことは別です」となっています。

・この個所で言われている「借り」には、ローマの信徒への手紙でもあるので、彼らに、納税の義務を守ることも含まれていると考えることができます。

・この愛の「借り」の本当のところの意味は、神から私たちに与えられる愛、それは、一方的で、また。無尽蔵なものであり、神の創造物である私たち人間にはとうてい返すことはできないものであり、「借りる」一方なものです。

・神は人に、互いに愛する者になってほしいと願われています。なぜなら、それが、律法すべてをまっとうすることになるからです。

・人と神の関係は愛がすべてと言ってもいいでしょう。パウロは、コリントの信徒たちへ送った手紙の中で、「愛がなければただの騒がしいどら、やかましいシンバル。」「愛がなければ、無に等しい。」「愛がなければ何の益もない」と、神からの愛を返す必要のない、一方的にいただくだけのものと見ています。神の愛には、お返しはいらないのです。借り続ける一方でいいのです。

眞柄 光久 牧師

10/12:三位一体後第十七主日宣教「善にはさとく、悪にはうとく」

ローマの信徒への手紙16:17~27 眞柄光久 牧師