血に染まった捨て子から女王の座へ

8/10:三位一体後第八主日宣教「血に染まった捨て子から女王の座へ」 

エゼキエル書16:1~14 眞柄光久 牧師

応答賛美521番「キリストには替えられません」

・主はエゼキエルに、まず、民が行っていた忌むべきことを知らせるように命じます。忌むべきこととは前回述べましたように主体は偶像礼拝です。

・その偶像礼拝をしているエルサレムが以前どのような所であったかが、神の預言によって説明されます。

・エルサレムが生まれた地はもともとカナン人の地で、父親はアモリ人で母親はヘト人であったと言われます。

・その両親から生まれたエルサレムは嫌われて野に捨てられました。死んでもかまわないということでしょう。そこには主なる神の愛も守りも一切見られません。

・生まれた子のへその緒を切ってくれる者も、水で洗い、油を塗ってくれる者も、塩でこすり、布でくるんでくれる者もいません。エルサレムの世話をする人は誰もいませんでした。死ぬがままにしておく。その様にエルサレムは置かれていたのです。

・しかし、そこを通りがかった神が、血の中でもがいていたエルサレムに『生きよ』と声を掛けられます。誰も憐れみをかけない捨て子であったエルサレムに神は愛を降り注がれたのです。

・神の愛が降り注がれたエルサレムは、野の若草のように栄え、健やかに育ち、成熟して美しくなり、愛される年頃になり、神と結婚することになります。

・エルサレムはますます美しくなり、女王のようになったのです。

・捨て子であった女の赤ちゃんが、女王にまで上りつめたのです。

眞柄  光久 牧師

8/17:三位一体後第九主日宣教「聖なる目標をめざす生活」 

フィリピの信徒への手紙3:12~16 福井正躬 協力牧師