8/24:三位一体後第十主日宣教「御国が来ますように」
ルカによる福音書11:1~4 福井正躬 協力牧師
応答賛美430番「しずけき祈りの」
旧約時代選民イスラエル国家は、神のご計画として、神の御力により成就される「神の国」の雛形となる使命を与えられていたと言えます。そのイスラエルの霊的指導はレビ族の祭司の務めにありましたが、順調には進まず、国家は崩壊し民は世界中に離散となりました。それでも神のご計画は変わらず、神は御子を世に遣わされ、更にすぐれた神ご自身による御国の福音を明確に啓示されました。イエス・キリストによる十字架の死と復活と昇天、そしてキリストの再臨の預言。既に実現している聖霊降臨の御業です。すべてを無視して信じない人にはすべてが愚かと思えるのでしょうが、信じるキリスト者には神の力であり、かけがえのない生命の希望です。選民にとっては人の呼吸ほど必要な祈りですが、最初の弟子として召された各々が、主イエスの祈りを見聞きした時(主イエスは、弟子や群衆を離れて祈っておられた)「私たちにも祈りを教えてください」と願ったのです。祭司やパリサイ人たちの祈りとは別ものの何かを感じたのでしょう。教えられた祈りは今日世界の信者祈りですが、短い祈りですが「①天の父の御名が崇められること。②御国が来たること。③終わりの国と力と栄えとはなんじ(神ご自身)のものです。」神の御名を信じて崇めない祈りの価値はなく、御国はバベルの塔ではありません。万物は神ご自身のものであることを忘れてはならないのです。祈りに答えがないのは、主の祈りに照らすことで解ける筈です。
福井正躬 協力牧師
8/31:三位一体後第十一主日宣教「妻の死の前でさえも・・・」
エゼキエル書24:15~27 眞柄光久 牧師