神の慰めと光、イエス・キリスト

12/21:待降節第四(クリスマス)主日宣教「神の慰めと光、イエス・キリスト」 

ルカによる福音書2:25~35 眞柄光久 牧師

応答賛美200番「もろびとこぞりて」

・今日の宣教の段落個所は「そのとき」で始まります。「そのとき」とは、出産をした女性は33日間汚れているということになっています。このことは律法で決められていて、レビ記12章2~4節に記されています。
・33日間過ぎたマリアとヨセフは、イエスを主に献げるために、最も貧しい者が献げるいけにえ(山鳩一つがいか家鳩の雛二羽)を携え、神殿に行きます。それは、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」ためです。聖別とは神のものになると言うことです。
・正しい人で、信仰があつく、シメオン個人ではなく、イスラエル全体の慰めるのを待ち望み、聖霊がとどまっていたシメオンが“霊”に導かれて神殿の境内に入ったとき、イエスに出会い、その腕に幼子のイエスを抱くのです。
・シメオンがどのようなひとであったかはわかりません。それは、たとえどのように彼が偉い人であったにせよ、金持ちであったにせよ、神の一人子であるイエスを腕にい抱けると言う以上の誉れはこの地上には存在しないからです。
・その上、聖霊から、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なないとのお告げまで受けていたのでした。現代でも、健康で、長寿を願う人は多くいます。しかし、果たして、聖霊に満たされ、死ぬ前にメシアに一度でも会いたいと熱望する人はどのくらいいるでしょうか。
・今日、私たちは、主のご生誕をお祝いする礼拝をおささげします。みなさんお一人おひとりの腕の中に、シメオンと同じように、メシアである幼子イエス・キリストが抱かれますように。

眞柄  光久  牧師

12/28:降誕後第一主日宣教「最後まで神を愛する道」 

ヨシュア記23:11~16 眞柄光久 牧師