3/1:受難節第二主日宣教「律法を超える愛とあわれみ」
マタイによる福音書19:1~12 眞柄光久 牧師
応答賛美538番「神はわがやぐら」
私が、アメリカにいてびっくりしたのは、離婚率の高さでした。当時、2組に1組が離婚すると言われていました。今の日本もかなりの高率になってきました。10組の内、2.6~3組は離婚に至ると言われています。昔ほど、離婚に対する障壁や偏見が低くなってきたせいかもしれません。離婚の一つの原因に、性格の不一致と言うことがあります。でも、そもそも赤の他人が結婚するのですから、性格がぴったり合うから結婚すると言う方が少ないのではないでしょうか。創造者である神は、一人であった人から、そのあばら骨を一本取り出し、女性を造られ、男と女にし、父母を離れて一体となるものとされました。その一体となった男と女を離して、離婚させると言うのは、神のみこころにはなかったのではないでしょうか。夫婦の本質は一体性にあり、それは、相互尊重と相互献身に基づいているものではないでしょうか。ファリサイ派の人々たちは、イエスを殺すことを目的としていますから、イエスが何を言おうと、受け入れるつもりは全くなかったのです。しかし、自分たちはモーセの民と自負していますから、モーセが離婚を命じたとイエスに反論します。イエスは、ファリサイ派たちを、昔も、今も「こころが頑固」であると非難します。モーセは実際はファリサイ派の言うように命じたのではありません。単に、譲歩し、許しただけです。律法の専門家であるファリサイ派たちは、自分たちで、勝手に律法を曲げて解釈する者になっていたのです。
眞柄 光久 牧 師
3/8:受難節第三主日宣教「私の心の神殿」
マタイによる福音書21:12~22 眞柄光久 牧師