2/22:受難節第一主日宣教「時のしるしを見分ける信仰」
マタイによる福音書16:1~12 眞柄光久 牧師
応答賛美19番「くすしき主の愛」
・子どものころに、夕焼けになると「明日天気になれ」と、みんなで歌ったものです。特に明日が運動会や遠足の日のときには、明日が絶対に晴れの日になってほしいという気持ちを込めて、夕焼けに向かって真剣に祈りました。
・反対に曇り空で、明日が雨になりそうなときには、「てるてる坊主」を作って、軒先にぶら下げたものです。
・それに対して、今日の段落で出て来るファリサイ派とサドカイ派の人々は、イエスを試そうとして、天からのしるしを見せてほしいと願います。
・本来であれば、両派とも仲たがいしているので、共にいることはないのですが、今回は両派そろってイエスの元へやってきて、「天からのしるしを見せてほしい」と、願います。
・ガリラヤ湖の南方のマガダン地方の近くでの話だと思われるのですが、そこで、イエスは彼らに「ヨナのしるしのほかには、しるしはあたえられない」と言われます。
・ヨナのしるしというのは、旧約のヨナ書をもとにしたマタイの12章の38~41節のイエスのお話しがヨナのしるしになっています。
・イエスはご自分が十字架上で殺され、3日後に復活されることを、ヨナが大魚に飲み込まれ3日後に外に吐き出されたことをたとえて、ヨナのしるしと言われているのです。
・ファリサイ派やサドカイ派の人々の願う「天からのしるし」と言うのは、メシアが現れユダヤをローマから解放すると言う政治的なことなのですが、イエスの「天からのしるし」はイエスご自身のことなのですが、彼らには悟ることができません。
・そのような時代をイエスは「よこしまで神に背いた時代」と言われます。・彼らは、自然界のしるしは見分けることができるのに、イエスが「天からのしるし」であるということを悟ることができないのです。
眞柄 光久 牧師
3/1:受難節第二主日宣教「律法を超える愛とあわれみ」
マタイによる福音書19:1~12 眞柄光久 牧師