イエスが王になった人生

9/14:三位一体後第十三主日宣教「イエスが王になった人生」 

ローマの信徒への手紙6:1~7 眞柄光久 牧師

応答賛美407番「主と共に」

・パウロの神学の根幹は信仰義認にあります。このことでどれだけ多くの人たちが救いを感じ、クリスチャンになったかに思いをはせます。

・私もその一人でした。自分のように多くの罪にまみれた者は、とてもじゃないがクリスチャンにはなれないと思っていました。

・周りのクリスチャンはみんなまじめで、誠実な人たちばかりでしたから。

・でも、この「ローマの使徒への手紙」の3章の28節「人が義とされるのは律法の行いによるのではなく、信仰による」の聖句に接したときは、自分のような者でも、神様は受け入れてくださるのだと、涙がぽろぽろ出たことを昨日のように覚えています。

・また、「わたしたちはバプテスマによってキリストと共に葬られ、その死に預かり・・・・新しい命にいきるため」に日々生かされているという聖句も、なんという神の恵みでありましょう。罪まみれであった自分を葬り去り、新しい命に生きことができる。クリスチャンであることの醍醐味です。

・夜、密かに  イエスを訪ねてきたニコデモは、イエスに「人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」と言われ、「年をとったものがどうして生まれることができましょう」と、ピント外れの答えで反論します。

・年をとっても、イエス・キリストによって、新しい命に生きることができるのです。   

眞柄 光久 牧師

9/21:三位一体後第十四主日宣教「苦難の中で輝く聖徒の信仰」 

ローマの信徒への手紙8:18~30 眞柄光久 牧師