妻の死の前でさえも・・・

8/31:三位一体後第十一主日宣教「妻の死の前でさえも・・・」 

エゼキエル書24:15~27 眞柄光久 牧師

応答賛美26番「ほめたたえよ造り主を」

・ある朝、エゼキエルは「あなたの目の喜びを、一撃をもってあなたから取り去る」と、神から言われた。「あなたの目の喜び」とは、エゼキエルの妻のこと。「一撃をもって」というのは、「一瞬に起き、避けることのできない」ことであり、神が言われた通りに、彼女はその日の夕方に死んだ。

・追い打ちをかけるように、神はエゼキエルに嘆いてはならない、泣いてはならない、涙を流さず、声をあげずに悲しめと命じられた。

・当時の身内の死の際には、遺族は大声をあげて泣き、かぶりものを取り、靴も脱ぎ、荒布と灰を身にまとうのが慣習であった。

・エゼキエルには神は、それらの一切をすることを禁じられた。

・妻の死の喪に服さないエゼキエルの異様な様子に、人々は興味をそそられ、それはなにを意味するのかを問いかけた。

・それには、バビロンで捕囚の民にとっての誇る砦であり、目の喜び、心の慕うものであったユダと、エルサレムの神殿の崩壊を意味していたのであった。

・そのことは、エルサレムから逃れてきた者によって彼らに知らされた。神殿は、エゼキエルの妻が一撃を持って取り去られたように、それも一撃で取り去られたのであった。

・エゼキエルの預言が成就した。そして、彼は再び口を開いて語り、ものが言えるようになった。・起きたことすべては、主なる神がなされたことであったことを彼らは思い知らされたのであった。

・神から与えられた預言以外は一切話さず、妻が死んでも喪に服さず、エゼキエルはただひたすら、神に従ったのであった。

眞柄 光久 牧師

9/7:三位一体後第十二主日宣教「正しいものは一人もいない」 

ローマの信徒への手紙3:9~20 眞柄光久 牧師