7/12:三位一体後第六主日宣教「私の助け、また盾である主」
詩編 115:9~18節 眞柄光久 牧師
応答賛美14番「心込めて 主をたたえ」
・今日の宣教の段落は、詩篇115篇の後半部分にあたります。前半の4節から8節までは偶像否定の節になっています。4節では『国々の偶像は金銀にすぎず、人間の手が作ったもの』と、始まり、8節まで、偶像批判が続きます。
・車で走っていると、時々、衣装をつけた石のお地蔵さんを見かけることがあります。季節によって違っていて、冬には暖かいもの、夏には夏にふさわしい涼しいものと、いつもお世話をしているたちの心遣いを感じることができます。
・でも、この詩篇によれば、石のお地蔵さんは、人間の手が造ったもので、口があっても話せず、目があっても見えず、耳があっても聞こえず、鼻があってもかぐことができず、手があってもつかめず、足があっても歩けず、喉があっても声を出せず、それらのものに頼るものは、偶像と同じであると言っているのです。
・確かに、そうでしょう、着飾ったお地蔵さんを見ると、お世話している人たちの温かい心遣いは感じることができますが、石のお地蔵さんが3節にあるように、『御旨のままにすべてを行われる』とは思われません。
・天と地も、イスラエルの民をエジプトから救い出したのも、私たちの主です。敵からイスラエルの民の盾となって彼らを守ってくださいました。
・イスラエルの主は彼らを助け、盾となって敵の攻撃から守ってくださいました。
・現代においても、この暗闇のような世にあって、私たちの助け、盾となっていてくださいます。
眞柄 光久 牧師
7/19:三位一体後第七主日宣教「自らを完全とする者の結末」
エゼキエル書 27:1~25節 眞柄光久 牧師