神が私の右におられる

7/5:三位一体後第五主日宣教「神が私の右におられる」

詩編 109:17~31節  眞柄光久 牧師

応答賛美495番「主よみ手もて」

・詩編は5巻からなっています。1巻は1~41編。2巻は42~72編。3巻は73~89編。4巻は90~106編。5巻は107~150編です。
・それぞれの巻には、それぞれのまとめられた意味があるのですが、107編が5巻の始めの詩編になります。
・5巻にまとめられた意味は、神の家と都が聖徒たちの賛美、安全、願望となり、キリストが来て、神の家と都が教会を通して、全地を支配することを示すための詩編が集められています。
・今日の段落が含まれている109編には、神への切迫した訴えが込められています。
・この詩編の作者は、自分をそしる者たちの悪しきはかりごとから救い出してくださるようにと願い求めています。
・敵を単数形や複数形で呼び分けながら、自分が様々な面で激しい苦難の中にいることを神の御前で吐露しています。
・17~20節は呪詛嘆願の締めくくりの部分であり、21節からは、詩人が自らの貧しく苦しい困窮状態を訴えながら、神に救いを求める切実な嘆願へと転換します。
・詩編第5巻の配列から見ると、直前の108編が「神の民全体の勝利を求める祈り」であり、本編は「民の共同体の内部で虐げられている個人の嘆願」であり、続く110編は「神の王的統治とさばき」を歌っています。
・つまり、本編は、108編と110編の間に位置することによって、不条理に苦しめられる義人の嘆願と歴史への神の介入に対する希望をダイナミックにつなぐ架け橋としての役割を果たしているのです。

眞柄 光久 牧師

7/12:三位一体後第六主日宣教「私の助け、また盾である主」 

詩編 115:9~18節  眞柄光久 牧師