6/14:三位一体後第二主日宣教「死に打ち勝たれた王」
コリントの信徒への手紙一 15:20~28節 眞柄光久 牧師
応答賛美242番「主は生きたもう」
・今日の個所の前で、パウロは『キリストが、聖書に書いてあるとおり私たちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり3日目に復活したこと。ケファに現れ、それから12人に現れた(協会共同訳)』と書いているように、キリストの復活は歴史的事実であると述べています。
・14節では『キリストが復活しなかったのなら、私たちの宣教は無駄であり、あなたがたの信仰も無駄になります』と、イエスの復活は神によってなされた事実であるとも述べています。
・その文脈にそって、今日の個所20節で、パウロは「キリストが死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました」と言っているのは、キリストの復活には、眠った者の「初穂」という意味がこめられていることを悟ったのです。
・この「初穂」は、神に献げる物と深い関わりがあります。律法では、初穂をもって、神をあがめるように命じています(出23:19、箴3:9など)。
・神がささげものとして受け取られる初穂は、究極的にキリストの復活を示していて、眠った者の初穂となられたキリストは、後に眠った者がどのような実をむすぶことになるかを保証しておられるのです。キリストが復活して、初穂となられたのは、眠ったものたちにも復活を相続させるためのものなのです。
・パウロは、キリストが代表して復活し、アダムの罪ゆえにすべての人が死ぬことになったことに対して、復活の初穂となったことを告げているのです。
・パウロは、キリストの次に復活する者たちの順序を、主の再臨のときに置いています。そして、復活の最終段階としての「終わり」の時を語っています。
・最後の敵としての「死」の滅びをのべ、その後に来る万物の服従を述べています。
眞柄 光久牧師
6/21:三位一体後第三主日宣教「暴風を静められる神」
ヨナ書 1:1~16節 眞柄光久 牧師