4/12:復活後第一主日宣教「主の偉大さを賛美する私のたましい」
詩編95編1~11節 眞柄光久 牧師
応答賛美86番「輝く日を仰ぐとき」
・2週間前の3月30日、私は大牟田恵愛園・光の森活動室移転新築及び恵愛ワークセンター移転新築工事の鍬入れ式に参加いたしました。
・鍬入れ式では、この地も山々も、海も陸もすべて神の手によって造られたものであるということを、改めて思わされました。
・創世記は、「初めに、神は天地を創造された」と始められています。神は全くの無から、有である、天地を造られたのです。これは神でしかできないことです。
・創世記のこの世界と人間を造られた順番で、この詩編の4節から6節も書かれています。天地が造られ、そして人が造られた。人は神を崇拝するために造られたのです。それが、「主の前にひざまずこう。共にひれ伏し、伏し拝もう」との意味です。
・この詩編の作者は、「主に向かって喜び歌おう」と、この詩を始めています。神によって造られた人は、まず、私たちを造ってくださった主に向かって喜び歌おうではないかと呼びかけているのです。
・主によって造られたことは喜び歌うに値することなのです。神に造られたことが、悲しみであり、苦しみであることではありません。喜び歌うことなのです。
・この詩編95編は、81編と同様、祭儀的背景をもつ詩編です。祭儀的詩編というのは、礼拝への招きと警告で構成されています。
・私たちの最終的な希望は復活して、天の御国へと行くことです。そのためにも苦難、あるいは試練によって練られ、イエスに倣って、日々、清く、正しく生き、聖なる者となり、天の御国に迎え入れられることを望むのです。
眞柄 光久 牧師
4/19:復活後第二主日宣教「崩れた場所で祈る礼拝者の希望」
詩編102編1~17節 眞柄光久 牧師